BloomField Club ( Close Encounters of Healing )

これが世界の終末期医療

今回、在宅看護で母を看取るにあたり、1976年のカレンさん尊厳死事件から全く進んでないことを、改めて思い知らされたのである。いやむしろ医療技術が進んだ分、後退してしまったとさえ思える。特に高齢者への胃婁が未だに用いられていることには、愕然としてしまう。そんな中、北海道の医師 宮本顕二礼子夫妻の「今こそ考えよう 高齢者の終末期医療」が目に留まった。思わず「これだ!」と叫んでしまいたいほどであった。まさにこれが道標となり、母の Living Will に応えることができたのである。本稿では、私が感銘を受けたポイントを中心に、私見を交え宮本先生の提言を紹介しよう。

自然死が当たり前

2016年1月、宝島社の企業広告、「死ぬ時くらい 好きにさせてよ」が話題になった。そこに書かれた死生観は欧米では当たり前になって

2016年 宝島社広告(樹木希林さん起用)

いる。しかし日本では高齢者の場合でも、医師も家族も間違いなく延命医療を行うのである。延命医療とは、回復の見込みがなく、死期が迫っている終末期患者への、生命維持のための医療行為である。

 

例えば

  • 人工栄養(点滴や経管栄養)
  • 人工呼吸器装着
  • 血液透析
  • 心肺蘇生処置

などがある。これらは、回復の見込みがある場合は必須医療だが、見込みがない場合には患者の苦痛を無用に長引かせるだけである。9年前、認知症の義父が入院し胃婁の後 亡くなったが、「私なら胃婁は絶対嫌だ!」と強く感じたのを思い出す。経管栄養を施された患者が、ひどい場合は手足を拘束されたりミトン手袋を填めさせられる場合もあると言う。そうまでして生かすことが患者にとって良い事であろうか、尊厳を損なってしまっているのではないか、と誰しも思うであろう。

宮本先生のブログ「頼むから、もう放っといてくれ!」や、宝島社の企業広告は、まさに日本の間違った終末期医療へのアンチテーゼである。尊敬する義父の時の経験や宮本先生のブログのお蔭で、母には安らかな終末期を送ってもらうことが出来たと感謝している。

延命でなく緩和

宮本先生の著書「欧米に寝たきり老人はいない」に書かれているように、欧米では高齢者の終末期医療に点滴や経管栄養(胃婁など)は行われない。即ち、延命医療ではなく、鎮痛剤、解熱剤、精神安定剤などを投与する緩和医療が行われる。

緩和医療とは、命にかかわる病気にかかっている人の辛さを和らげてQOL(生命の質)を高める医療で、WHOは2002年に次のような対象疾患の指針を出している。

  • 癌、エイズ
  • 肺気腫・慢性気管支炎
  • 末期の心臓・腎臓・肝臓疾患
  • 神経難病
  • 認知症
  • 老衰

オーストラリアでは、政府が積極的に主導し生命を脅かす全ての疾患が対象とされるが、日本では依然として癌とエイズに限られるのである。また、宮本先生の調査によれば、オーストラリアの高齢者介護施設では、次のような緩和医療ガイドラインが設けられているとのこと。

  • 無理に食事をさせてはいけない
  • 栄養改善のための積極介入は倫理的に問題
  • 脱水で死なせるのは悲惨ではなく、経管栄養や点滴こそ有害
  • 最も大切なことは入所者の満足感

また、欧米豪で点滴や経管栄養が行われない理由は

  1. 倫理  :延命は尊厳を失う
  2. 個人主義:本人の意思尊重
  3. 医療費 :高齢化による増大を抑制

であると報告されている。

枯れるように逝く

日本では未だに病院死が7割以上もあり、入院してしまうと殆どが延命治療されてしまう。宮本先生によると、ある90歳の女性が「延命治療はしないでほしい」と医師宛に書いた手紙があり、家族が医師に見せたにもかかわらず点滴されてしまった、と言う例があるとの事。挙句の果てこの女性は点滴で水膨れになり、吐血で苦しみ、8週間後に亡くなられた。担当した医師に理由を聞くと「ここは病院ですから」との答えが返って来たと言う。病院の医師や看護師に聞くと、85%の人が自分には胃婁をして欲しくないと答えるそうだ。それにも関わらず何故、宮本先生のブログ「あなたがして欲しくない事は、私にもしないで」が、日本の医療現場では守られないのであろうか。

家族も専門知識がなければ、医者に点滴や胃婁は要りませんとは言えないであろう。しかし、宮本先生のブログ「胃婁も点滴もしないで、苦しくないのか」にあるように、経管栄養や点滴をしないと脱水や低栄養状態になるが、患者にとってはその方が苦しくないのである。即ち、嘔吐・痰・浮腫みが減り、呼吸が楽になり、痛み・苦しさが減る。何故ならば、脳内麻薬(βエンドルフィン)が放出され、血中にケトン体が分泌され、極めて楽な状態で生を閉じられるとの事。浅川澄一氏(医療ジャーナリスト)によれば、これは医療界の常識だそうである。

欧米では日本と真逆である。例えば、アメリカ・オレゴン州の高齢者介護施設では入所時に必ずPOLSTを書く、との事。POLSTとは、「生命を脅かす疾患」に直面している患者の医療処置(蘇生処置を含む)に関する具体的な医療指示書である。これは予め本人の意思をより具体的な医療行為に反映させた契約書のようなものである。そのために、しっかりとインフォームドコンセントが行われ、本人も家族も「枯れるように死んで行けば、楽に死ぬことができる」と納得するので経管栄養が行われることはない。従って、欧米では高齢者が口から食べられなくなれば、人工栄養はせず緩和医療に徹し、枯れるように亡くなるのである。

欧米に遅れを取った日本

日本では、厚生労働省が2007年に「終末期医療の決定プロセスにおけるガイドライン」を出したものの、よく話し合いなさいと言っているだけで、全く具体性がない。安楽死はおろか尊厳死さえ議論されず、法的に守られないのが実態である。国も医師会も問題を恐れているのか、責任回避しかして来なかったと思えてしまう。

そんな中、宮本先生や母の主治医のI先生のように、延命治療に警鐘を鳴らし欧米のような先進的な考え方の普及や実践に取り組んでいる医師が、多数現れて来た事に一筋の希望が見え始めている。I先生のような在宅ターミナルケアをして下さる医師も増加している。SCUELと言う医療機関検索サービスを使用すれば、どの病院がどんなサービスを提供できるかが検索できる。これを利用すれば、在宅で看取る支援をしてくれる医師がどこに居るかを調べることができる。

しかし、法整備が遅れている日本では、ひとたび延命治療を始めてしまうと止めるのは難しい。ともすれば殺人罪に問われ兼ねないのである。そこで前もって十分な知識と情報を得て、終末期医療における自身の考えを持っておく事が肝要である。それをLiving Willに記しておくことが、自分が望む医療を受ける第一歩であると言えよう。そこで次回は、そのLiving Willに的を絞って日本の現状を紹介する。

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